あれ
1週間ほどスマホのデフォルトの検索エンジンをGoogleからBingに変更してみているが、思ったような検索結果とならなくて辛い。
1週間ほどスマホのデフォルトの検索エンジンをGoogleからBingに変更してみているが、思ったような検索結果とならなくて辛い。
修正済み:修正いたしました
Windows10のChromeとEdgeで修正されていることを確認
デライトにおいて、輪符が一度に複数貼り付けられることがある事象が、以下の環境と手順で再現することを確認した
Windows11のFirefox
Windows10のChrome・Edge
+ボタンで輪郭の引き入れられをする{をクリックして、輪符をコピーするWindows10のChrome:3/3
再現手順の4. 検索結果から+ボタンで輪郭の引き入れられをするをしない場合には本事象は再現しなかった。
アメリカと戦うと言った意味では、まともな国産検索エンジンがないのが口惜しい。陰謀論みたいになってしまうが、アメリカがその気になればGoogle検索にくだらない記事を混入させるといったこともできてしまう。意図的じゃなくとも、検索結果にかける熱量もとい手間の量がそもそも違うだろう。ただ、現時点の話をすれば、Google検索は日本語を重要視しているらしい。
そう言った意味では、ローカルのPCでクローラを回してオープンソースの検索エンジンを動かすというのは悪いアイデアじゃない。今流行りのプライバシーにも完璧に対応できる。ただ、インターネットの圧倒的な物量にはインデックスであってもローカルのPCには入りきらないということが絶望的に欠点だった。
今から追い上げるのは難しいにしても、いつでも作れるような地固めはできないものだろうか。
最近ブログ悲観論をちょいちょい見かけるので考えてみている。現時点での考えをつらつら書いてみる。
「WordPressブログはもはや「センセーショナルなタイトルとSEOを武器に、バカがバカを相手に稼ぐ」という意味しか持たないメディアに成り下がった」
「Google検索によって発見され、Google Adsenseの広告によって収益を得る。企業案件やアフィリエイトブログでなければ、これがブログの最もメジャーな運用」
センセーショナルな本文だ。
ブログの多くがGoogle AdSenseを収入源としているために、少数の賢い人を相手に文章を書いても稼ぐことはできないのだろう。多数の「バカ」、つまり読解力の低い人でもわかるような薄い内容の文章の記事を書くことが優位な戦略となってしまう。この問題に輪をかけるのが、読解力の高い人は広告クリック率が低いという問題だ。例えば、一般的に読解力の高いであろうITエンジニアが読む、技術ブログのアドセンスのクリック率は極めて低く、0.06%となっている(『技術ブログは稼げるのか?1年以上続けた結果の収益は?』より)。これでは収益は上がらない上に安定しない。
Google検索の検索結果の品質について言及されている。確かに今回「エンジニアのクリック率」で検索したところ、クリック率について説明するページばかりが出てきて役には立っていない。Twitterで検索したところ目的の情報に当たることができた。この点においてはTwitterが勝っていたと言える。
本当にGoogle検索の検索結果の品質は低いのだろうか?Google検索を利用する人はどんどん増え、広く膾炙した。最大公約数的な品質を高めるならば、ブログを書くような一部の読解力が高い人が満足する検索結果が得られないのは当然だと思われる。
検索結果を個人に最適化することができればこのような問題も解決するかもしれないが、プライバシーの問題があるために最適化するに得る情報を収集することができないのかもしれない。また、検索というのはその人が今まで検索したことが無いものを検索することが多く、その結果がどうあるべきかについてGoogle検索があらかじめ知ることは不可能だ。
「ブログでは「まとめきる」ことができないんです。まとめきろうとすると、どうしても記事の長さは長大になります。例えばObsidianなら、軽く10万字は超えるでしょう。」
10万字の記事がなぜダメなのかについては書かれていないが、おそらく長い文章は読まれないということに対して悲観していると思われる。アクセス数が増えない。労力に見合わない。長文を読める読解力の高い人は広告をクリックしない。
現時点での結論としては、Google検索・Google Adsenseというエコシステムに依存しているようでは読解力の高い人が満足するような文章が出回ることは難しいのかもしれない。
しかしかつては本や雑誌という媒体でお金を支払わなければ情報を得ることが難しかったことを考えれば、無料でお金を支払うことなく(低品質でも)情報を得ることができる状態になっていることは社会にとって有益だ。また、読解力が低い人が読解力を高めるハシゴとなっている。