昨日の文章の練習の試みに引き続き、文章の図解化と、図解からの文章の再構成を試みている。
前回からの変化として、元の文章と対応している度合いが高くなるようにした。
今回の気付きとしては、今回作られたグラフの見た目は、別の島と関連させる矢印はすべて上方向になっている(図)。
すなわち、ある文章からの言及・説明・関係は、それより前の文に登場した物事を指し示している。
また、基本的に文章は抽象(あるいは大きな枠組み)から具体(あるいは小さな枠組み)へと説明が進むことが望ましいため、抽象は具体は指し示さず、具体から抽象への指し示しに限定している。
したがって、グラフによって文章の流れを構成するには、抽象的な物事や矢印の方向が向いている先を上に置くようにすれば良く、グラフから文章化するには上から順に文章化すれば良い。
物事の見方が変わって抽象と具体の立体感を獲得し、それらを使っていると、頭のこれまで使っていなかった部分が使われているような、血が通っているような感覚がしている。
「全体から書く」を意識して、
あれを
デライトを使っていたおかげか、頭の使い方、考え方、物事の見方が変わってきている。おそらく良い方向に。
デライトを使うことが考える訓練になっているし、道具が物事の見方に影響を与えている。
と書いていたのを、
道具が物事の見方に影響を与えるようだ。
デライトを使うことが考える訓練になっており、頭の使い方、考え方、物事の見方が変わってきている。おそらく良い方向に。
に並び替えてみた。どうだろうか?
相変わらず文章が書けない問題に取り組んでおり、文章を再現する練習をしてみている。
今回は、文章を頭の中で別の表現に変換してみる、ということをやってみている。
具体的には、
文章を一文(「。」まで)読む → 頭の中で別の表現にして記憶する(グラフとして構築する) →元の文章を見ずに頭の中のグラフから元の文章を再現する
というやり方。
例えば「おじさんはバイトさんにしょっちゅう話しかける。」[1]であれば、下記の図のようなグラフを頭の中で構築する。
そこから「おじさんはバイトさんにしょっちゅう話しかける。」を再構築する。
頭の中にグラフを構築して、それを保持するのが意外と難しい。
昨日の文章の練習の試みに引き続き、文章の図解化と、図解からの文章の再構成を試みている。
前回からの変化として、元の文章と対応している度合いが高くなるようにした。
今回の気付きとしては、今回作られたグラフの見た目は、別の島と関連させる矢印はすべて上方向になっている(図)。
すなわち、ある文章からの言及・説明・関係は、それより前の文に登場した物事を指し示している。
また、基本的に文章は抽象(あるいは大きな枠組み)から具体(あるいは小さな枠組み)へと説明が進むことが望ましいため、抽象は具体は指し示さず、具体から抽象への指し示しに限定している。
したがって、グラフによって文章の流れを構成するには、抽象的な物事や矢印の方向が向いている先を上に置くようにすれば良く、グラフから文章化するには上から順に文章化すれば良い。
物事の見方が変わって抽象と具体の立体感を獲得し、それらを使っていると、頭のこれまで使っていなかった部分が使われているような、血が通っているような感覚がしている。
「全体から書く」を意識して、
あれを
デライトを使っていたおかげか、頭の使い方、考え方、物事の見方が変わってきている。おそらく良い方向に。
デライトを使うことが考える訓練になっているし、道具が物事の見方に影響を与えている。
と書いていたのを、
道具が物事の見方に影響を与えるようだ。
デライトを使うことが考える訓練になっており、頭の使い方、考え方、物事の見方が変わってきている。おそらく良い方向に。
に並び替えてみた。どうだろうか?
相変わらず文章が書けない問題に取り組んでおり、文章を再現する練習をしてみている。
今回は、文章を頭の中で別の表現に変換してみる、ということをやってみている。
具体的には、
文章を一文(「。」まで)読む → 頭の中で別の表現にして記憶する(グラフとして構築する) →元の文章を見ずに頭の中のグラフから元の文章を再現する
というやり方。
例えば「おじさんはバイトさんにしょっちゅう話しかける。」[1]であれば、下記の図のようなグラフを頭の中で構築する。
そこから「おじさんはバイトさんにしょっちゅう話しかける。」を再構築する。
頭の中にグラフを構築して、それを保持するのが意外と難しい。