ボトムアップ
2021/8/19 5:01:00
これまで文章を書く時は、ボトムアップで書き切ろうとしていたのだけど、これは修羅の道だったかもしれん。ボトムアップをやることで得られる理解や発想もあるけども、最終的にはトップダウンで進めないと、論理の整合性が取れない。
分かっていないことはボトムアップで書き、分かっていることはトップダウンで書けばいいのかもしれない。ボトムアップは理解のプロセスとして機能し、理解が進めばトップダウンへと移行する。一方で分かっていることをわざわざボトムアップで理解する必要はなく、最初からトップダウンで書き下せば良い。
[うちあわせCast]でよく言及される[見出しを立ててから書いてもその通りに書けない]という問題は、具体的なもの(本文)が書かれる前に抽象的なもの(見出し)が立てられるという意味で、「早すぎる抽象化」と言えそう
見出しを作る行為を抽象化として捉えるのは非常に面白い。意識していなかったし、今まで「早すぎる抽象化」と結び付くこともなかった
執筆という行為だけを取るのであれば、本文を書いてから見出し(アウトライン)を書くと「早すぎる抽象化」は避けることができるだろう。ただ、商業的には見出し案を提示して企画を通す必要があるし、見出し案に沿って本文を書くことで、一貫性を持った書籍を作ることができる。ボトムアップだけでは方向性を持たせることが難しい。